彦田村(読み)ひこだむら

日本歴史地名大系 「彦田村」の解説

彦田村
ひこだむら

[現在地名]幡豆町東幡豆ひがしはず

周囲二〇〇メートルほどの彦田池が谷間の中央に位置し、東はやや低い山が、西は標高七〇メートルほどのやや険しい山が、それぞれ突出ている。その山麓を中心に発達した村落で、海岸へは小見行こけんぎよう村をわずかに挟んでいる。嘉永六年(一八五三)の丑郷帳(牧野健吉氏蔵)に納合米四二石余と並び浜役として塩二石五斗八升が課せられているので、近世では一部海岸を包含していたとも考えられる。

「三河志」に「彦内村 今彦田 二葉松曰地未詳 氏神荒神世話人兵吉」と記される氏神の荒神は、火産霊命を祭神とする彦田神社である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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