後川上村(読み)しつかわかみむら

日本歴史地名大系 「後川上村」の解説

後川上村
しつかわかみむら

[現在地名]篠山市後川上

つじ村の南方にあり、羽束はつか川が流れる。南部に大野おおや山、北部の弥十郎やじゆうろうヶ岳の南西古坂ふるざか峠がある。中世は後川中村などとともに後河しつかわ庄のうち。慶長一三年(一六〇八)の多紀郡桑田津之国帳に「後川村」とみえ、高四二九石余。正保郷帳には「後川上村」とみえ、田高一八三石余・畠高一八石余。「丹波志」では余戸あまりべ郷のうちで、高二二八石余。天明三年(一七八三)の篠山領内高並家数人数里数記では八上組で、家数七〇・人数三二七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む