得脱金剛院(読み)とくだつこんごういん

日本歴史地名大系 「得脱金剛院」の解説

得脱金剛院
とくだつこんごういん

現存せず、跡地も不明。文明五年(一四七三)の諸院家帳の谷上院たにがみいん道北条に「頼喜建立、今無、但南谷譲渡」とあり、みなみ谷条には「得達金剛院」として「親円本乗房」と注する。親円は正和元年(一三一二)検校に補されている(「高野山検校帳」又続宝簡集)。「続風土記」には「按に文明記に谷上院の部に、得達金剛院禎喜僧正建立今無南谷譲渡とあれは、親円の時代既に南谷へ渡せしならん」として、達と脱で字が異なるが音が通ずるので別院ではなかろうとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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