御下屋敷跡(読み)おしたやしきあと

日本歴史地名大系 「御下屋敷跡」の解説

御下屋敷跡
おしたやしきあと

[現在地名]東区葵町・布池町

城下の東南部にあった徳川家下屋敷の跡。延宝七年(一六七九)二代藩主光友の命によって建てられ、敷地面積は六万四千余坪に及んだ。周囲に溝をめぐらし、内部は豪壮な邸宅と東山・清水(きよみず)など京都の名所や東海道五十三次などにちなんだ庭園が作られ、また江戸小石川(こいしかわ)の薬園(現東京大学付属植物園)を模した薬園や布(ぬの)ヶ池、ほかに観音堂や稲荷堂なども含まれて変化に富む趣を呈していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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