御供田保・米丸保(読み)ごくでんほ・よねまるほ

日本歴史地名大系 「御供田保・米丸保」の解説

御供田保・米丸保
ごくでんほ・よねまるほ

近世の御供田村を遺称地とし一帯に比定される。鎌倉末期頃に成立した白山本宮の神官上道家系譜(白山比神社文書)によれば、長承二年(一一三三)一〇月一日知行国主藤原顕頼の目代の沙汰として、鳥羽院庁下文により大桑おおくわ(東)三馬みま(南)大野おおの(西)玉戈たまほこ(北)の端々を分割、白山宮の長日御供料所として寄進され成立した保で、同系譜には「号御供田保又米丸保云々」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む