御崎道(読み)みさきみち

日本歴史地名大系 「御崎道」の解説

御崎道
みさきみち

江戸時代、長崎市中と御崎(現野母崎町)の七里の間を結ぶ道。脇御崎わきみさき(現同上)観音寺に至る信仰の道でもあり、その創建が古代にさかのぼるということから、路程の整備は後代に属するにせよ、古来から用いられた道と想定される。寛永一五年(一六三八)野母のも(現同上)日野ひの山頂に遠見番所が設置されて異国船監視の要所として重視されるに伴い、遠見番ら交替役人の往還としていわば軍用路として整備されていったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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