御嶽城(読み)みたけじょう

日本の城がわかる事典の解説

埼玉県児玉郡神川町にあった山城(やまじろ)。同町の金鑽(かなさな)神社の背後にある比高200mほどの山上に築かれていた。同城は1480年(文明12)に、一帯を支配していた安保吉兼によって築かれたともいわれるが、くわしいことはわかっていない。近隣の金鑽神社には安保泰広(全隆)が寄進した多宝塔(国指定史跡)があることから、御嶽城は安保氏の居城ないし密接な関係にあった城であることは間違いない。戦国時代には、長井政実が城主を務めていた。この城は上野と武蔵の国境に位置していたことから、武蔵から上野に版図を広げようとする北条氏と、上野から武蔵をうかがう武田氏との間での争奪が繰り広げられた。1669年(寛文9)ごろの北条氏や武田氏の文書には「御嶽城」の名前がしばしば登場する。御嶽城主の長井氏は武田氏に属していたが、武田氏凋落後は北条氏の城となった。同城の最後の城主は長井右馬允信実だが、正確な廃城年代はわかっていない。近隣の北条方の城がそうであったように、1590年(天正18)の豊臣秀吉の北条氏攻め(小田原の役)で豊臣方の攻撃を受け、落城もしくは降伏開城し、その後、廃城になったと推定されている。城跡には現在、土塁や空堀跡などが残っている。JR八高線丹荘駅からバスで新宿下車、徒歩約30分(登城口まで)。道などはあまり整備されていないため、軽登山の用意が必要である。◇高見城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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