日本歴史地名大系 「御所浦村」の解説 御所浦村ごしようらむら 熊本県:天草郡御所浦町御所浦村[現在地名]御所浦町上(かみ)島の南端に浮ぶ島嶼群からなる。主島御所浦島の飛竜山(ひりゆうざん)遺跡からは黒曜石製石刃が出土。周辺に中世の宝篋印塔・五輪塔がある。同島鞴(たたら)の沖合三〇メートルに嵐口(あらくち)鞴製鉄跡があり、鉄滓が散布し奈良時代の製鉄所跡と推定されている。牧(まき)島に古墳時代後期の串崎(くしさき)・黒崎(くろさき)・牧向(まきむき)の各古墳がある。横浦(よこうら)島の北岸に与一(よいち)が浦(うら)遺跡があり、唐宋銭三五枚を納めた須恵器壺が発見された。景行天皇巡幸の説話に結び付けた地名伝承が残り、嵐口は天皇が嵐に遭遇して難を避けた地、御所浦は天皇仮泊の地という。御所浦島は下砥岐(しもとき)とも称され、「八代日記」永禄七年(一五六四)六月二七日条に「上津浦ヨリ、小島子・下砥岐天草殿ヨリ御去進られ候間、今日知行之由」とみえ、当時上津浦氏の領内であったことが知られる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by