御母衣村(読み)みぼろむら

日本歴史地名大系 「御母衣村」の解説

御母衣村
みぼろむら

[現在地名]白川村御母衣

まき村の北、しよう川沿いに位置し、白川街道が通る。枝村に揚洞あげほら(上洞)がある(斐太後風土記)庄川の支流大白おおしら川を橋で渡ると隣は平瀬ひらせ村。村名は当地の池(現御母衣池)が濁り水であったために、「みぞろ」(泥濘)とよばれたことから転じたとも(同書)白山を開いた泰澄が当地に大切な衣を忘れ、のちに母親が持帰ったことから生じたとも伝える。金森氏時代の高は一〇石余(飛騨国中案内)。元禄飛騨国検地反歩帳の高は九石余、田五反余・畑二町一反余。元禄一〇年(一六九七)再び高山別院照蓮しょうれん(現高山市)領となり、のち幕府領分二石余が加わった(「岐阜県史」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む