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泰澄 タイチョウ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

泰澄 たいちょう

682-767 奈良時代の修験者。
天武天皇11年6月11日生まれ。加賀(石川県)白山の開創者とされる。養老元年弟子の浄定(きよさだ)らと白山にのぼり,妙理大菩薩(だいぼさつ)を感得したという。6年元正天皇の病を祈祷でなおし,天平(てんぴょう)9年疱瘡(ほうそう)流行をしずめた。天平神護3年3月18日死去。86歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。俗姓は三神。通称は越(こし)の大徳。号は神融禅師。

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朝日日本歴史人物事典の解説

泰澄

没年:神護景雲1.3.18(767.4.20)
生年:天武11(682)
奈良中期の山岳修行者で,白山の開山者と伝えられる行者。生没年は『泰澄和尚伝記』によるが,生年は持統7(693)年説もある。越前国足羽郡麻生津(福井市)の三神安角の次男とされる。越の大徳と呼ばれた。十一面観音が夢に現れ,少年期から越知山に通って修行した。越知山から白山を眺め,白山登拝を念願していた。夢想の中に,白山山頂の白山妙理大菩薩が貴女の姿で現れ,白山へ登るよう招いたため,養老1(717)年,鉢を飛ばして米を手に入れる「飛鉢法」を使う能登出身の臥行者と出羽出身の元船頭の浄定行者のふたりの弟子を連れ,初めて白山登攀を志した。山頂に登ると,池の中から,九頭竜王が姿を現したが,それが本身ではないことを見抜くと,十一面観音に変貌した。白山には侍者と共に,3年間籠もって修行を続けた。この白山登攀で有名になり,養老6年に宮廷に召されて,元正天皇の病気治癒の加持祈祷を行い,平癒させ,天皇の護持僧に任じられ,禅師の位を授けられた。これによって白山権現の霊験が都で知れわたるようになった。こののち,神融と称した。神亀2(725)年,白山に登った行基と出会い,白山権現の由来を伝えたといわれる。天平9(737)年には,疱瘡の流行を十一面観音法を修して鎮めたことにより,大和尚位を授けられた。また泰証の号を贈られたが,自ら望んで証を澄と改めたという。<参考文献>『元亨釈書』『泰澄和尚伝記』

(川村邦光)

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世界大百科事典 第2版の解説

たいちょう【泰澄】

伝説上の山岳修行者。越(こし)の大徳,神融禅師,泰澄和尚とも号する。飛鉢の術を使う能登島出身の臥(ふせり)行者と出羽の船頭であった浄定(きよさだ)行者を弟子とし,霊夢の導きで717年(養老1)に白山に登拝して初めて白山三峰の神を明らかにしたとされる,越前の越知山(おちさん)(現,福井県朝日町)の修行者である。伝説上の人物であるが,本地垂迹説にもとづく事績を詳記する《泰澄和尚伝記》がすでに10世紀に成立しているので,かつては奈良時代に実在していた人物で伝記どおりの経歴を事実とする考えが強かった。

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大辞林 第三版の解説

たいちょう【泰澄】

681?~767?) 奈良時代の行者。越こしの大徳とも称される。加賀国白山にこもり、妙理大菩薩を感得、白山を開創したと伝える。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

泰澄
たいちょう

生没年不詳。奈良時代初期の、加賀(石川県)白山(はくさん)の開創者として知られる山伏(修験(しゅげん)者)。白山修験道では尊称して泰澄大師(だいし)ともいう。682年(天武天皇11)に越前(えちぜん)(福井県)麻生津に生まれたといわれ、初め越知山(おちさん)(福井市)で修行し、719年(養老3)に白山に登り白山修験道を開いた。その従者に臥(ふし)行者と浄定(じょうじょう)行者があって、彼らに奇跡を行ったことは有名である。開山後も諸国で修行した話はかなり信憑(しんぴょう)性があり、京都では稲荷(いなり)山で修行し、愛宕(あたご)山を開き、大和(やまと)(奈良県)吉野山でも奇跡を現し、九州の阿蘇(あそ)山にも登った。そして400年後にも泰澄は白山に生きているという信仰があった。[五来 重]

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367日誕生日大事典の解説

泰澄 (たいちょう)

生年月日:682年6月11日
飛鳥時代;奈良時代の山岳修行者
767年没

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世界大百科事典内の泰澄の言及

【白山】より

…越前馬場は白山中宮で平泉寺が中心であり,美濃馬場は白山本地中宮といい,中心は長滝(ちようりゆう)寺である。718年(養老2)泰澄(たいちよう)がはじめて登拝して,御前峰の神は白山妙理大菩薩と号し,本地が十一面観音,大汝峰の神は大己貴(おおなむち)で本地は阿弥陀如来,別山は小白山別山大行事で聖観音が本地ということを明らかにしたとする伝承がある。この本地垂迹説による伝承が白山信仰の核心にすえられた平安中期以後,三馬場はすべて泰澄によって開かれたという開基縁起に一元化された。…

【飛鉢譚】より

…役人が僧に帰依すると米は再び船に還ったという。同様の話は,白山の泰澄(《泰澄和尚伝記》),播州一乗寺の法道仙人(《峯相記》),彦山蔵持山空鉢窟の静暹(じようせん)(《彦山流記》)など諸国にみられる。いずれも古代から中世への過渡期に山岳寺院の縁起として形成された話だが,そこには長者や海上交通(米)と霊山(聖)の交渉を通して,王権と山岳寺院(修験道)との関係が物語られており,飛鉢(空鉢(くばつ))とは両者の媒介を象徴するものであった。…

【平泉寺】より

…白山の越前馬場の,白山三所権現をまつる別当寺であった。白山開山の泰澄が創始したと伝える。加賀馬場の白山寺,美濃馬場の長滝(ちようりゆう)寺とともに白山三馬場を形成し,正別当を争ったが,泰澄が越前の人であり,越前から白山を開いたので正面を主張して勢力をほこった。…

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