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白川郷 しらかわごう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白川郷
しらかわごう

岐阜県北西部,庄川上流の地域。高山市白川村にまたがる。大家族制度の名残りである茅ぶきの大きな切妻合掌造の家のあることで有名で,合掌造の集落は 1995年に世界遺産文化遺産に登録された。

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デジタル大辞泉の解説

しらかわ‐ごう〔しらかはガウ〕【白川郷】

岐阜県北西部、大野郡荘川村(現高山市)・白川村一帯の称。大家族制の住居である合掌造りの民家があることで知られる。平成7年(1995)「白川郷五箇山合掌造り集落」の名で世界遺産(文化遺産)に登録された。→五箇山

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百科事典マイペディアの解説

白川郷【しらかわごう】

岐阜県北西部,大野郡白川村,高山市荘川町・清見町の1市1村にわたる地域。庄川上流部にあたり,大正末年ごろまでは交通不便な孤立した山村で,自給農業と養蚕を主業とし,耕地の細分化を防ぐために生まれた大家族制度で知られた。
→関連項目岐阜[県]城端[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

白川郷

岐阜県大野郡白川村にある道の駅。国道156号に沿う。

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世界大百科事典 第2版の解説

しらかわごう【白川郷】

岐阜県北西部,庄川とその支流の渓谷部の地域名で,大野郡白川村,荘川村と清見村の一部からなる。近世後期から明治末期ごろまで家長と長男以外は結婚を許されない大家族制度がとられたところで,茅(かや)葺きの大きな合掌造の民家が今も残ることで有名。かつては近代交通から隔絶した秘境であったが,御母衣(みぼろ)ダム(1961完成)はじめ多くの発電用ダムが建設され,岐阜市方面からの国道156号線,高山市方面からの国道158号線が整備されて交通も便利となった。

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大辞林 第三版の解説

しらかわごう【白川郷】

岐阜県北西部、庄川上流の山間部にある集落。大家族が住んだ大きな合掌造りの民家で知られる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔岐阜県〕白川郷(しらかわごう)


岐阜県北西部、庄(しょう)川上流域の汎称(はんしょう)。上流から高山市荘川(しょうかわ)町(同市清見(きよみ)町の一部を含める場合もある)と大野(おおの)郡白川村にあたる。明治期まで隔絶された秘境として知られ、大家族制と合掌造りの民家群で知られた。第二次世界大戦後、御母衣(みぼろ)ダムなどの電源開発に伴い、観光地化が進んだ。石川県へ白山(はくさん)スーパー林道が通じる。合掌造り集落の白川村荻町(おぎまち)地区は重要伝統的建造物群保存地区に選定。1995年(平成7)に白川郷合掌造り集落として富山県の五箇山(ごかやま)とともに世界遺産(文化遺産)に登録された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白川郷
しらかわごう

岐阜県飛騨(ひだ)地方の西部、高山市荘川(しょうかわ)町地区、大野郡白川村などを含む庄川(しょうがわ)上流域の一帯をさす。秘境として知られていたが、現在は観光・電源開発が盛ん。歴史をさかのぼると、庄川最上流の六厩(むまや)(荘川町地区)の旧白山(はくさん)神社からは平安時代後期の古鏡が出土しており、また、1183年(寿永2)の倶利伽羅(くりから)峠の戦いで敗れた平家の落人(おちゅうど)が住み着いたという伝説もある。1265年(文永2)親鸞(しんらん)の弟子嘉念坊善俊(かねんぼうぜんしゅん)が鳩谷(白川村)に道場を開き(のちの照蓮寺)、浄土真宗の本格的な布教が始まった。その後、1460年(寛正1)内ヶ島将監(しょうげん)がこの谷へ入り、1475年(文明7)全白川郷を支配した。しかし、同氏は1585年(天正13)の大地震で、帰雲山(かえりくもやま)の崩壊とともに突然滅亡した。江戸時代には金森氏領、のち天領となった所と、一部照蓮寺領として続いた所がある。明治、大正時代までは交通不便な秘境で、厳しい自然条件のもとに生まれた、特色のある大家族制度が残存した。かや葺(ぶ)きの大きな切妻合掌造(きりづまがっしょうづくり)の民家は有名である。この大家族制度は、家長が絶対の権限をもち、家長と相続人たる長男にのみ正式結婚が認められ、次三男以下は分家も正式結婚も許されず、皆家族として、焼畑耕作や養蚕に従事しながら、1軒に30~40人が生活した。
 第二次世界大戦後、電源開発の気運が急に高まり、御母衣(みぼろ)ダムなどの建設に伴い、水没地域の多数の住民は立退き離村を余儀なくされた。一方道路は岐阜と高岡を結ぶ国道156号が整備され、石川県に通ずる白山スーパー林道も建設された。さらに東海北陸自動車道の白川郷、荘川の両インターチェンジが開設されている。ダム補償によるスキー場、ゴルフ場、別荘地の建設や役場など公共施設の改築も行われた。白川郷は、五箇山(ごかやま)(富山県)とともにその合掌造集落が、1995年(平成7)、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産の文化遺産として登録されている。荻町(おぎまち)(白川村)などの切妻合掌造の民家、日本初の大規模のロックフィルダム御母衣ダム、白水ノ滝、牛丸・尾上郷(おかみごう)のジュラ紀化石産地があり、白川村の民謡「古大尽(こだいじん)」「どぶろく祭」とともに知られている。西には白山国立公園も連なっており、白山麓(ろく)の白川村平瀬には村営温泉も開設されている。[上島正徳]
『飛越合掌文化研究会著『世界遺産の合掌造り集落 白川郷・五箇山のくらしと民俗』(1996・岐阜新聞社) ▽合田昭二編『白川郷 世界遺産の持続的保全への道』(2004・ナカニシヤ出版) ▽宮沢智士著『白川郷合掌造Q&A』(2005・智書房)』

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世界大百科事典内の白川郷の言及

【白川[村]】より

…庄川の上流,両白山地内に位置し,西は白山を境に石川県,北は人形山を境に富山県と接する。南隣の荘川村とともに白川郷と呼ばれ,大家族制と合掌造を特徴とする奥飛驒の秘境であった。庄川沿いを国道156号線が通じ,流域の河岸段丘上に集落と耕地がある。…

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