徳丸東遺跡(読み)とくまるひがしいせき

日本歴史地名大系 「徳丸東遺跡」の解説

徳丸東遺跡
とくまるひがしいせき

[現在地名]板橋区徳丸六丁目

南東を新河岸しんがし川支流の前谷津まえやつ(現在は暗渠・緑道)西方百々女木ずずめき(百々向川とも記し、現在は暗渠)に、北を荒川低地で画された東西に長い標高三〇メートルの台地にある。昭和五八年(一九八三)共同住宅建設に先立って調査が行われ、立地条件に恵まれていたことから旧石器時代から奈良時代までの遺構遺物が出土した。その結果、弥生時代後期から古墳時代初めにかけての墓域と居住域の変遷や、東海地方東部の土器流入などの問題が提起された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む