徳久城跡(読み)とくさじようあと

日本歴史地名大系 「徳久城跡」の解説

徳久城跡
とくさじようあと

[現在地名]南光町東徳久 殿崎

千種ちくさ川東岸にそびえる標高三二〇メートルのしろ山山頂にある中世の山城跡。南麓に城下と思われる殿崎とのざき集落がある。城は山頂と南方の二つの頂を中心に郭を梯郭式に配置する構造で、南・北および南東の城域の境に堀切を配置する。とくに尾根続きとなる南・北の堀切はそれぞれ三重、二重で厳重な防御である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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