徳川光貞(読み)とくがわ みつさだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳川光貞」の解説

徳川光貞 とくがわ-みつさだ

1627*-1705 江戸時代前期の大名
寛永3年12月11日生まれ。徳川頼宣(よりのぶ)の長男。寛文7年紀伊(きい)和歌山藩主徳川家2代となる。元禄(げんろく)3年従二位,権(ごんの)大納言狩野探幽(かのう-たんゆう)に絵をまなんだ。宝永2年8月8日死去。80歳。追贈従一位。号は対山

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367日誕生日大事典 「徳川光貞」の解説

徳川光貞 (とくがわみつさだ)

生年月日:1626年12月11日
江戸時代前期;中期の大名
1705年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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