忍保(読み)おしほ

日本歴史地名大系 「忍保」の解説

忍保
おしほ

現在の行田市・北埼玉郡川里かわさと村・北足立郡吹上ふきあげ町・鴻巣市・熊谷市一帯に比定される。国衙領で、在地領主は武蔵国衙の在庁官人の系譜を引くと思われる忍氏と考えられる。忍氏は「吾妻鏡」に散見する。求聞持秘口決(金沢文庫蔵)の奥書に、勢縁が天福二年(一二三四)二月一二日に武州忍保にあった安養寺北面で書写したとある。安養寺という寺は残っていないが、鴻巣市内の元荒川左岸に安養寺あんようじという大字があり、寺名の安養寺とかかわるものであろう。永徳三年(一三八三)、鎌倉遍照へんじよう院の頼印は箱根別当弘実から忍郷を寄付されたが、これは弘実の別当還補が頼印の尽力によりなし遂げられたからという(頼印大僧正行状絵詞)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む