志源行村(読み)しげんぎようむら

日本歴史地名大系 「志源行村」の解説

志源行村
しげんぎようむら

[現在地名]下郷町志源行

磯上(いそがみ)村の南西、阿賀川の支流戸石(といし)川右岸の段丘上に立地。下野街道から水抜(みずぬき)村で分岐して赤土(あかつち)峠越で高野(こうや)村(現田島町)に至る道(戸石郷筋)が通る。南山御蔵入領楢原組に属する。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」では楢原(ならはら)郷のうちに村名がみえる。貞享二年(一六八五)の「楢原郷地下風俗覚書」によれば用材伐り出しを行っていた。元禄四年(一六九一)の万覚書帳(下郷町史資料集)によれば高六六石余、反別田三町三反余・畑五町四反余、家数一七・人数一〇一、馬六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む