志義町(読み)しぎまち

日本歴史地名大系 「志義町」の解説

志義町
しぎまち

[現在地名]川越市仲町なかちよう松江町まつえちよう末広町すえひろちよう

鍛冶かじ町の突当りの東西道の両側町人町。鴫町とも書く。東裏は上松江町、南裏は松郷まつごう分の鉄炮てつぽう町・大工だいく町など武士屋敷・足軽屋敷町と蓮馨れんけい寺など。西端に妙養みようよう寺がある。城下一〇ヵ町のうち下五ヵ町の一。一七世紀後半頃の川越城図では町名がみえず、「ハセミチ場」とみえ、この頃までは馬場であった。その後鍛冶町の刀鍛冶鴫善太(善吉とも)が住して町に取立て、鴫町と称したという(川越索麪)。元禄七年(一六九四)の川越城図では鴫町とみえ、両側に町屋が並ぶ。同一五年の河越御領分明細記では町の長さ二七〇間、家数五五・店数六二、男二一八・女一八七。武士屋敷二軒がある。宝永二年(一七〇五)の川越惣町中御伝馬小役御国役帳では北側二七名・南側三一名で、小役五一軒分を負担した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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