忠堂跡(読み)ちゆうじんどうあと

日本歴史地名大系 「忠堂跡」の解説

堂跡
ちゆうじんどうあと

[現在地名]那覇市久米二丁目

蔡氏門中の宗廟。東禅とうぜん寺の北側に位置し、旧知事官舎跡・第二女子高等学校跡の西側にあった。蔡氏門中の男子の位牌が祀られていた。清泰せいたい寺・蔡氏さいし堂ともいい、一帯を堂の山とも称した。本尊観音菩薩。「琉球神道記」に清泰寺とあり、観音菩薩道場の一つとされている。蔡氏二世蔡譲の娘亜佳度が成化八年(一四七二)に創建し、蔡氏の位牌を安置した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む