忽那七島

デジタル大辞泉プラス 「忽那七島」の解説

忽那七島

愛媛県松山市の北西、瀬戸内海の伊予灘、斎(いつき)灘の境界部に位置する島嶼群のうち、かつて忽那(くつな)氏の勢力下にあった主要な7島をさす。中島(本島)・睦月島・野忽那島・怒和(ぬわ)島・津和地島・二神島・柱島(山口県)が本来の七島だったが、現在は柱島の代わりに興居島(ごごしま)を入れて忽那七島と呼ぶことが多い。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の忽那七島の言及

【忽那諸島】より

…ほとんどの島が愛媛県温泉郡中島町を形成する。このうち中島,睦月島,野忽那島,怒和(ぬわ)島,津和地島,二神島と柱島(山口県)はかつて忽那七島と呼ばれ,南朝方についた忽那氏の勢力範囲であったが,現在は柱島にかえて興居(ごご)島(松山市)を加え,忽那七島とする。七島のほか釣(つる)島(松山市),由利島,大館場(おおたちば)島,クダコ島など20余の島が含まれ,興居島を除いて離島振興法指定地域である。…

※「忽那七島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む