恋ヶ窪遺跡(読み)こいがくぼいせき

日本歴史地名大系 「恋ヶ窪遺跡」の解説

恋ヶ窪遺跡
こいがくぼいせき

[現在地名]国分寺市西恋ヶ窪一丁目・東恋ヶ窪一丁目

北側を除く三方向を川の開析谷に囲まれた舌状台地南西縁に広がり、同台地の南東縁には羽根沢はねざわ遺跡(東恋ヶ窪一丁目)、恋ヶ窪谷を挟んだ南側の台地には日影山ひかげやま遺跡(西恋ヶ窪一丁目など)、恋ヶ窪南遺跡(東恋ヶ窪一丁目など)多喜窪たきくぼ遺跡などが立地し、縄文時代の遺跡が密集している。恋ヶ窪遺跡が立地する台地は標高約七六メートルで東西六〇〇メートル・南北四〇〇メートルの広さをもつ。台地を刻む谷は南から西側に延びる恋ヶ窪谷と東から北側に延びるさんや谷の二つで、台地南東で合し、近くの湧水を集めて野川となって南流する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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