悼大島(読み)いたべおおしま

日本歴史地名大系 「悼大島」の解説

悼大島
いたべおおしま

[現在地名]福江市赤島町

あか島の西に浮ぶ島。大板部おおいたべ島・小板部こいたべ島がある。「海東諸国紀」に「五島悼大島太守源朝臣貞茂」とみえ、己丑年(一四六九)貞茂は対馬の宗貞国の文引によって朝鮮王朝に使いを派遣しており、宇久勝の臣であると記される。「太宰管内志」によれば、悼大島はイタミノオオシマと読まれ、大板部・小板部のほかおう島・赤島などの総称とされる(五島編年史)姫宮ひめみや大明神は応永二九年(一四二二)の創祀と伝え、神功皇后を祀る。慶長国絵図(松浦家本)に大島とみえる。文化一〇年(一八一三)六月、伊能忠敬一行は赤島に属する板部島、大浜おおはま村持の黄島などを測量(伊能忠敬測量日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む