愛名村(読み)あいなむら

日本歴史地名大系 「愛名村」の解説

愛名村
あいなむら

[現在地名]厚木市愛名・毛利台(もうりだい)一―三丁目

高松山(たかまつやま)丘陵の一部で、谷部を挟んで長谷(はせ)原の西端に位置し、東は温水(ぬるみず)村、西は小野(おの)村、南は長谷村、北は下古沢(しもふるさわ)村に接する。大山道が村の中央を南北に通じている。北西方に高松山(一四六・五メートル)があり、北東境を恩曾(おんぞ)川が流れる。「和名抄」に英那(あきな)郷があり、当村はその遺名と考えられる。康安二年(一三六二)五月一二日、沙弥行一打渡状(県史三)に「相模国愛甲庄内愛名村」とあり、愛甲(あいきよう)庄に含まれていたことになる。また小田原衆所領役帳には清水弥左衛門「四拾六貫百弐拾五文 中郡愛名」とある。

近世は、慶長期(一五九六―一六一五)まで幕府・旗本領の二給。以後三給となり、安永四年(一七七五)以降は旗本領のみによる三給となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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