日本歴史地名大系 「我喜屋村」の解説 我喜屋村がじやむら 沖縄県:伊是名島・伊平屋島伊平屋村我喜屋村[現在地名]伊平屋村我喜屋(がきや)伊平屋(いへや)島中部に位置する。伊平屋(いひや)島を構成する八行政村の一つで、我謝村とも記す(球陽)。方音ではガジャ。「琉球国由来記」に記される祭祀は公儀祈願所の「カタクマ嶽御イベ」「我喜ノヲヒヤ火神」、島中拝所の「アメ嶽御イベ」「神ノ嶽御イベ」など。正保国絵図では当地の前泊(めーどうまい)辺りに航路の朱書がみえ、鳥(とうい)島(硫黄鳥島、現久米島町)まで海上五四里、「によは入江」(現本部町)まで海上五四里とあるものの、「船かゝり不成」と記される。絵図郷村帳に「かぎや村」とみえる。琉球国高究帳では「かきや村」として高頭一六九石余のうち田一二七石余・畠四二石余。乾隆二三年(一七五八)潮水より水田を守るため防波堤(長さ二〇歩・横二歩半・高さ三尺)が造営されている(「球陽」尚穆王三六年四月一〇日条)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by