我謝村(読み)がーじやむら

日本歴史地名大系 「我謝村」の解説

我謝村
がーじやむら

[現在地名]西原我謝がじや兼久かねく

安室あむる村・与那城ゆなぐしく村の南にあり、東は中城なかぐすく湾に面する。南は大里うーざとう間切与那原ゆなばる(現与那原町)。西に運玉うんたま森があり、東に耕地が広がる。ガージャとよばれる。「おもろさうし」巻五の一六に「一 しより ふくしきよ(首里のふくし子〔人名〕)/よかる ゑさのしゆ(良きヱサの主)/けおのめつらしや(霊力がすばらしい)/又 けおの ゆかるひに(今日の良き日に)/けおの きやかるひに(今日の輝く日に)/又 かちやのうらの かない(我謝の浦の貢物)うつのうらのさゝけ(うつの浦の捧げ物)」とある。「うつのうら」は「かちやのうら」の対語だが語意はよくわかっていない。同書巻一三の一六五・一六六のオモロでは「せむらいのおやのろ」の対語として「うつのうらのおやのろ」が使われている。絵図郷村帳に「がじや村」とある。琉球国高究帳では与那城村と一括して高が記される。我謝掟が置かれていた(琉球国由来記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む