コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

戴伝賢 たいでんけんDai Chuan-xian

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戴伝賢
たいでんけん
Dai Chuan-xian

[生]光緒16(1890).11.26. 四川,漢州
[没]1949.2.12. 広東,広州
中国,国民党右派の政治家,理論家。字は選堂,季陶。筆名は天仇。光緒 31 (1905) 年日本に留学し,宣統1 (09) 年日本大学法科卒業後帰国,上海の『天鐸報』の記者となり,ジャーナリストとして名をあげた。 11年中国革命同盟会に加入。 1912年孫文の秘書となり,その後孫文の日本亡命には常に同行して通訳をつとめた。 19年前後には一時マルクス主義に接近。 24年国民党第1回全国代表大会に出席し,中央執行委員,宣伝部長に選ばれた。しかし 25年孫文の死後,国民党内の左右両派の対立が顕在化すると,右派の代表的論客として登場。同年西山会議に出席。『孫文主義の哲学的基礎』を書き,孫文の思想を儒教の継承と解釈して,反共イデオロギーの体系化に努め,蒋介石ら国民党右派の理論的指導者となった。 28年『日本論』を公刊し,また国民党の中枢にあって考試院院長などの要職を歴任したが,49年広州で服毒自殺。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

戴伝賢の関連キーワード11月26日西山会議派

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android