戸川町(読み)とがわまち

日本歴史地名大系 「戸川町」の解説

戸川町
とがわまち

[現在地名]津山市戸川町

二丁目にちようめ三丁目さんちようめの南裏の通りにあたり、東西に延びる町。東は元魚もとお町、西は福渡ふくわたり町、南は南新座みなみしんざ侍屋敷・桶屋おけや町・新職人しんしよくにん町。町名中世の戸川宿を継承したと考えられる。戸川は「富川」とも記され、吉井川のこの付近の別称。天正八年(一五八〇)八月一五日付吉川元春書状(萩藩閥閲録)によると、毛利方の吉見よしみ医王山いおうやま城を攻めるにあたって、宇喜多方が戸川に陣を取っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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