朝日日本歴史人物事典 「戸川秀安の母」の解説
戸川秀安の母
戦国時代の武家の女性。夫富川定安の死後,息子秀安(戸川と改姓)と妹の2子が残されたが,兄の出世の足手まといになるとして,妹を池に投げ込んで殺したと伝えられる。宇喜多忠家の乳母となり,のち岡総兵衛と再婚。生まれた子に軍事を教えるなど,武芸に秀でていたともいう。
(真下道子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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