戸田山城跡(読み)とだやまじようあと

日本歴史地名大系 「戸田山城跡」の解説

戸田山城跡
とだやまじようあと

[現在地名]高松市東植田町

植田氏の居城。城(じよう)池の南、高尾(たかお)山(約二四五メートル)から北西に下る尾根の先端にあり、城という地名が残る。頂部の本丸は幅二〇メートル、長さ一〇〇メートル、北側に二段、北西には三段の腰郭が設けられている。最下段は現在は水田となり、南西隅に戸田山城の碑が建てられている。搦手は尾根がゆるやかになる地点に空堀を設けている。城の東側に戸田神社、空堀上手に植田氏遠祖の墓と称する五輪塔がある。植田氏は元亀―天正(一五七〇―九二)の頃、植田安信が西植田・東植田・菅沢(すげざわ)や朝倉(あさくら)(現木田郡三木町)を領有し、以後、景保・景興・景通と相次いで当城に拠った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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