打橋半雨(読み)うちはし はんう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「打橋半雨」の解説

打橋半雨 うちはし-はんう

1804-1847 江戸時代後期の画家
文化元年生まれ。打橋竹雲の子。家は代々長崎の北瀬崎御用米蔵預役。石崎融思に師事。鉄翁(てっとう)祖門,木下逸雲とは融思門の同門。隠元,木庵,即非の書をまなび,書家としても知られた。弘化(こうか)4年4月5日死去。44歳。名は喜衡。通称は小野次。別号に竹里。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む