持尾村(読み)もちおむら

日本歴史地名大系 「持尾村」の解説

持尾村
もちおむら

[現在地名]河南町持尾

南加納みなみかのう村の東にあり、北から東・南にかけては平石ひらいし村。かなりの高地に位置する。東に持尾城跡(茶臼山・城塚)があり、元弘二年(一三三二)楠木正成の設けたもので平岩(石)氏が拠ったという。かつては平石村と一村であったが、慶長年間(一五九六―一六一五)に分村したという。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳では高三八七石余、幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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