教来石宿(読み)きようらいししゆく

日本歴史地名大系 「教来石宿」の解説

教来石宿
きようらいししゆく

[現在地名]白州町下教来石

甲斐国内最西端の甲州道中の宿駅。文化二年(一八〇六)の教来石宿明細帳(牛山正則家文書)によると、江戸へおよそ四四里余、江戸方面の台(だい)ヶ原(はら)宿へ一里一四町、上方方面の蔦木(つたき)宿(現長野県富士見町)へ一里六町。宿内往還は上教来石村境より鳥原(とりはら)村境まで一〇町五〇間余、道幅三―四間、うち四町半家並。宿高三六五石余、六尺給米、御蔵前入用は免許。加宿上教来石村二四〇石余。宿内家数八〇・人別三二七。本陣は中(なか)町に一軒、建坪一二〇坪、門構・玄関付、脇本陣は中町に一軒、建坪四八坪、玄関・門構はない。旅籠屋六軒(大二・中二・小二)。伝馬役二五人・二五匹、うち五人・五匹は囲人馬。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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