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敦康親王 あつやすしんのう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

敦康親王 あつやすしんのう

999-1019* 平安時代中期,一条天皇の第1皇子。
長保元年11月7日生まれ。母は藤原定子(ていし)。長保2年親王となる。大宰帥(だざいのそち),式部卿。一品(いっぽん)。寛仁(かんにん)2年12月17日死去。20歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

敦康親王

没年:寛仁2.12.17(1019.1.25)
生年:長保1.11.7(999.12.17)
平安中期の皇族。一条天皇の第1皇子で母は皇后定子(関白藤原道隆の娘)。生まれたとき後見となるべき祖父道隆はすでに世になく,翌年,親王宣下を受けたが同年母とも死別,皇位への望みは断たれた。事実一条,三条両天皇の譲位に際して東宮にもなれなかった。幼時,母の妹御匣殿に養われ,のち中宮彰子(藤原道長の娘)の世話を受けた。12歳で元服し三品に叙せられ,翌寛弘8(1011)年,天皇死去の直前に一品准三宮となった。才智,心情ともにすぐれ,21歳で病死する前の数年間,まるで婿のように摂政藤原頼通と同居し親密な間柄だったという。妻は具平親王の娘。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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