日本歴史地名大系 「数寄屋橋御門跡」の解説 数寄屋橋御門跡すきやばしごもんあと 東京都:千代田区旧麹町区地区有楽町三丁目数寄屋橋御門跡[現在地名]千代田区有楽町三丁目京橋方面と大名(だいみよう)小路・日比谷(ひびや)を結ぶ江戸城外郭門。枡形は寛永六年(一六二九)陸奥仙台藩伊達政宗の修築。門の名は数寄屋橋にちなみ、同橋の名は京橋側に出た正面の元数寄屋(もとすきや)町(現中央区)に由来する。同町には古く御数寄屋之者の屋敷があったという(江戸紀聞)。明暦三年(一六五七)の大火で焼失したが、万治三年(一六六〇)に再建、宝暦一〇年(一七六〇)・享和三年(一八〇三)・文化一二年(一八一五)には修理が行われた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報