敷原村(読み)しきはらむら

日本歴史地名大系 「敷原村」の解説

敷原村
しきはらむら

[現在地名]垂井町敷原

梅谷(うめたに)村の西に位置し、南西は大滝(おおたき)村。慶長郷帳に式原村とみえ、高一二二石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では敷原村とあり、高一二九石余で幕府領。正保郷帳では尾張藩領で田高一一五石余・畑高一四石余、山年貢二石。明暦覚書によれば元和五年より尾張藩領で、概免五ツ五分八厘余、人数一五〇、馬四。関ヶ原宿に助人馬を、美濃路に道作り人足を出役。元禄七年(一六九四)の関ヶ原宿助郷帳写(岩田文書)には定助郷とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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