敷原村(読み)しきはらむら

日本歴史地名大系 「敷原村」の解説

敷原村
しきはらむら

[現在地名]垂井町敷原

梅谷うめたに村の西に位置し、南西大滝おおたき村。慶長郷帳に式原村とみえ、高一二二石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では敷原村とあり、高一二九石余で幕府領正保郷帳では尾張藩領で田高一一五石余・畑高一四石余、山年貢二石。明暦覚書によれば元和五年より尾張藩領で、概免五ツ五分八厘余、人数一五〇、馬四。関ヶ原宿に助人馬を、美濃路に道作り人足を出役。元禄七年(一六九四)の関ヶ原宿助郷帳写(岩田文書)には定助郷とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む