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斎藤宜義 さいとう ぎぎ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斎藤宜義 さいとう-ぎぎ

1816-1889 江戸後期-明治時代の和算家。
文化13年1月生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)板井村の人。父宜長(ぎちょう)にまなぶ。宜長閲,宜義著として「算法円理鑑」「算法円理新々」を刊行。また難問のおおい「数理神篇」をあらわした。門人に萩原禎助(ていすけ)ら。明治22年8月8日死去。74歳。通称は長次郎,長平。号は算象,逐斎,乾坤独算民。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

斎藤宜義

没年:明治22.8.9(1889)
生年:文化13(1816)
幕末明治期の和算家。上野国(群馬県)の和算家宜長の子。通称は長平,朝二,号は算象,逐斎,乾坤独算民。その算学塾を上毛数学校と称した。父に和算を学び,10歳で算額を奉納,16歳で『側円適等』を著し和算家としての頭角を現す。18歳のとき宜長閲・宜義著として『算法円理鑑』を刊行し,以後『算法円理起源表』(1837),『算法円理新々』(1840),『数理神篇』(1860)を発表する。書中の斬新で高尚な問題は諸国の和算家の目をひいた。社会の変化に動ぜず財を傾け清貧に甘んじた姿は乾坤独算民の号そのものである。<参考文献>大竹茂雄『数学文化史―群馬を中心として』

(小林龍彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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