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新上東門院 しんじょうとうもんいん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新上東門院 しんじょうとうもんいん

1553-1620 戦国-江戸時代前期,後陽成(ごようぜい)天皇の母。
天文(てんぶん)22年生まれ。父は勧修寺晴右(かじゅうじ-はれすけ)。母は粟屋元子。正親町(おおぎまち)天皇の第1皇子誠仁(さねひと)親王(陽光太上天皇)につかえ,後陽成天皇をはじめ13人の王子女をもうける。准三宮(じゅさんぐう)となり,慶長5年院号をうけた。元和(げんな)6年2月18日死去。68歳。名は藤原晴子(はるこ)。通称は阿茶局

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

新上東門院

没年:元和6.2.18(1620.3.21)
生年:天文22(1553)
安土桃山から江戸初期の后妃。後陽成天皇の生母。勧修寺晴右の娘。母は粟屋元子。名は晴子(または秀子)。正親町天皇の第1皇子誠仁親王に上臈として仕え,阿茶局と称される。親王との間に後陽成天皇,智仁親王ら多くの王子女を儲けた。後陽成天皇践祚後,准三宮宣下を受け准后と称され,さらに院号宣下によって新上東門院となり,女院と称される。朝廷内において発言力を得,江戸幕府将軍徳川家康にとっても朝廷問題に対処する上で重要な存在となった。墓所は京都泉涌寺山内の月輪陵域にある。<参考文献>『皇室制度史料 后妃』1・5巻,熊倉功夫『後水尾院

(久保貴子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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