新井宿(読み)あらいしゆく

日本歴史地名大系 「新井宿」の解説

新井宿
あらいしゆく

北国街道の宿場で、小出雲(おいずも)村から飯山(いいやま)道を分岐するので、当地方の交通運輸の中心地として栄えた。高田(たかだ)(現上越市)まで二里半、二本木(にほんぎ)(現中頸城郡中郷村)まで一里二九町。町並の長さ七町三〇間で、下(しも)町・中(なか)町・上(かみ)町がある。寛政二年(一七九〇)の仕切書(金子以策氏蔵)によれば、上町組五四軒、中町組五八軒、下町組五二軒、西裏町組四二軒、東裏町組五〇軒の五組があり、各組に番所が設けられていた。荒井宿とも記す。天正三年(一五七五)上杉景勝は荒井町問屋和田六右衛門に伝馬宿送を命じている(「上杉氏老臣連署掟書」和田文書)。

<資料は省略されています>

慶長三年(一五九八)上杉景勝の会津移封後、同四年堀秀治も「荒井村代官中」に宛て伝馬宿を命じている(和田文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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