新宮庄(読み)しんぐうのしよう

日本歴史地名大系 「新宮庄」の解説

新宮庄
しんぐうのしよう

現在の喜多方市慶徳けいとく新宮しんぐうを遺称地とし、同市西部から山都やまと町・高郷たかさと村・西会津町の阿賀川以北一帯を庄域としたと考えられる庄園。庄園成立の時期や領家などについては不詳。遺称地である慶徳町新宮は近世には新宮村と称し、当庄の中心地であったとされる。同所の熊野神社(新宮熊野社などとよばれる)は源義家による勧請と伝え、同社に伝来した元亨四年(一三二四)六月二八日の年紀のある御正体銘(新宮雑葉記)に「当庄地頭領家山門繁昌之殊者(中略)大旦那左衛門尉平時明」、正中二年(一三二五)一二月一五日の年紀がある御正体銘(会津旧事雑考)には「当荘惣地頭平時明并一族等」、貞和五年(一三四九)七月二一日の年紀を有する同社蔵の鐘銘に「大旦那従満大姉 同地頭平朝臣明継」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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