新富町六丁目(読み)しんとみちようろくちようめ

日本歴史地名大系 「新富町六丁目」の解説

新富町六丁目
しんとみちようろくちようめ

[現在地名]中央区新富二丁目

新富町五丁目の東にあり、北は新富町三丁目、南は築地堀を隔て築地一丁目、同町との間に築地橋(安芸殿橋)が架かる。新富町一丁目などと同様、明治元年(一八六八)に設けられた遊廓街の一画。新島原桜木(しんしまばらさくらぎ)町・新島原千歳(しんしまばらちとせ)町に相当する。明治四年に遊廓が移転し、新富町六丁目として起立された。万治三年(一六六〇)に木挽(こびき)町で開場した森田座は天保一三年(一八四二)に浅草猿若(あさくささるわか)町(現台東区)に移転し、守田座と改称していたが、明治五年に当町に移り、同八年九月新富座と改称した。同九年に類焼したが翌一〇年には仮小屋で再開し、同一一年には二階建・定員一千六〇〇人の本建築の劇場が建てられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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