新後閑村(読み)しごかむら

日本歴史地名大系 「新後閑村」の解説

新後閑村
しごかむら

[現在地名]高崎市新後閑町・双葉町ふたばちよう鶴見町つるみちよう

東南流するからす川の左岸崖際から東方の沖積平野にかけて所在する。北は下和田しもわだ村・岩押いわおし村。中山道が通り、岩押村から下和田村に向かって中世の鎌倉街道が通っていたと考えられる。群馬郡に属し、元和五年(一六一九)安藤対馬守殿御領分高覚帳(東大史料編纂所蔵)では向郷に村名がみえ(高崎藩領)。高三三〇石余、田方二三町四反余・畑方九町一反余。旧高旧領取調帳では同藩領。明治一〇年(一八七七)頃の家数一、社二(琴平・飯玉)高野山真言宗荘厳しようごん寺があり、人数二、牡馬三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む