新河原茶屋村(読み)しんかわらちややむら

日本歴史地名大系 「新河原茶屋村」の解説

新河原茶屋村
しんかわらちややむら

[現在地名]南条町関(せき)ヶ鼻(はな)

連光坊(れんこうぼう)山の東麓、北流する日野川との狭小の地に開かれた小村。北は東大道(ひがしだいどう)村、南は鯖波(さばなみ)村。もと脇本上(わきもとかみ)村に属していたが、慶長六年(一六〇一)結城秀康の入国とともに、その家老本多富正が当地の源吾の議を入れて開拓させたもので、次の文書(丸岡家蔵)によって、開発の経緯が知られる。

<資料は省略されています>

また次のようにある。

<資料は省略されています>

寛永五年(一六二八)の越前国南仲条郡新開関鼻新開検地帳では五四・五八二石を記す。貞享二年(一六八五)の「越前地理指南」は東大道村の項に「関ケ鼻茶屋村アリ」とするが、元禄郷帳以降、東大道村枝郷として村名がみえ、村高四四・五八二石で、開発当初より一〇石減になっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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