日本歴史地名大系 「新田北村」の解説 新田北村しんでんきたむら 兵庫県:三原郡南淡町新田北村[現在地名]南淡町新田北筒井(つつい)村の東にある。東端は諭鶴羽(ゆづるは)山頂付近まで延び、村域は東西に長い。大日(だいにち)川の源流部を占め、美女(びじよ)池がある。「味地草」によると、当村と南の新田中・新田南の三ヵ村はもと伊賀野原(いがのはら)とよばれ一所であったが、南北朝期の動乱で荒野となった。承応二年(一六五三)に再開発されて伊賀野原南(いがのはらみなみ)村・伊賀野原中村・伊賀野原北村の三ヵ村に分れ、後年伊賀野原北村は新田北村と改称したという。天保郷帳に村名がみえ、高二八二石余。賀集組に属した。反別戸数取調書によると反別四一町三反余、高四一二石余、うち蔵入高四四石余。三六七石余を池田登ら三人の給人が知行した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by