日本歴史地名大系 「新田堰」の解説 新田堰しんでんせぎ 長野県:南安曇郡豊科町新田堰[現在地名]豊科町現豊科町熊倉(くまぐら)上で梓(あずさ)川を揚水し、成相町(なりあいまち)村・新田町(しんでんまち)村(以上現豊科町)に掛かる堰。新田堰の開削年代は明確でないが、成相・新田両町村が慶長一三年(一六〇八)に成立していることから、その後まもなく開削されたものと思われる。初見は寛文四年(一六六四)である(寺島今朝一氏旧蔵文書)。延宝七年(一六七九)の成相町村の新田堰への組合加入文書(「寺島文書」松本城管理事務所蔵)に<資料は省略されています>とあり、奈良井(ならい)川の水を引き取って堰幅を三間に広め、用水を三つ割にし、二分を成相新田町・吉野(よしの)村に、一分を成相町へ引き取るようにし、成相町では西原・東原へ新切し、高二〇〇石ほど増産したいといっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by