新谷町(読み)しんがいちよう

日本歴史地名大系 「新谷町」の解説

新谷町
しんがいちよう

[現在地名]静岡市伝馬町(てんまちよう)・御幸町(みゆきちよう)

駿府城の南西角に位置し、当町から東見付の所在する下横田(しもよこた)町まで南東方向に向かって東海道の町並が一直線に続く。北は江川(えがわ)町、西は紺屋(こうや)町、南東は上伝馬(かみてんま)町。東側の町裏に駿府城代下屋敷がある(以上、町方絵図)。町名は新谷久悦の居住にちなむ。久悦の母は徳川家康の外祖母御留の方(華陽院殿)の侍女。久悦の子覚左衛門は寛永八年(一六三一)徳川忠長によって駿府城内から当町に移された少将井(しようしようい)社(現紺屋町の小梳神社)の神主に命じられたという(「修訂駿河国新風土記」など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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