日本歴史地名大系 「日出庄」の解説
日出庄
ひじのしよう
現日出町のうち江戸時代の日出城下・日出村・
文治年中に原図が作成された宇佐宮仮殿地判指図(宇佐神宮蔵)によれば、当庄は宇佐宮仮殿造営の豊後一国役として「若宮西生枝垣十七間内」の二間分を負担している。年月日未詳弥勒寺領諸庄供米注文(永弘文書)では日出庄は供米を四斗負担している。田数は年月日未詳の弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書)では五〇町である。ところが豊後国弘安図田帳では
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報