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日本民主革命論争 にほんみんしゅかくめいろんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本民主革命論争
にほんみんしゅかくめいろんそう

日本のマルクス主義者,社会主義運動の指導者たちの間で,当面する日本革命の綱領,戦略をめぐって戦わされた論争。 1926年日本共産党の再建の頃から,三十二年テーゼの発表にいたる時期まで行われたもので,日本共産党の機関誌マルクス主義』と,山川均,猪俣津南雄らの主宰する『労農』の間でやりとりされた。主要な対立点は,当時の日本国家権力の規定すなわち,絶対主義天皇制 (『マルクス主義』) か,あるいはブルジョア独裁 (『労農』) かということであったが,これに関連して明治維新の歴史的評価や封建遺制の残存の有無,さらには同盟軍,統一戦線の問題などが論争点となった。 32年この論争は一応は終結するが,以降,封建論争,あるいは資本主義論争といわれる学者,理論家の経済学的分析に関する論争へと発展する。なお民主革命論争,資本主義論争を区別せず,総じて日本民主主義論争ということもある。

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