日見峠
ひみとうげ
本河内町と芒塚町の間にある峠で、標高二〇〇メートル。江戸時代は長崎路筋の難所であった。長崎の出入要路六ヵ口の一つ。延宝九年(一六八一)刊の「長崎土産」に「日見峠一の瀬と云所を過るほと、都而えしれぬ香鼻に入て」と記される。長崎の興善町生れの向井去来は、元禄(一六八八―一七〇四)初年に帰郷して京都に戻る際にこの峠で見送りの人々と別れ、「猿蓑」に「つくしよりかへりけるにひみといふ山にて卯七に別れて」として「君が手もまじるなるべし花薄」と詠んでいる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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