朝日日本歴史人物事典 「早川千吉郎」の解説
早川千吉郎
生年:文久3.6.21(1863.8.5)
明治大正期の大蔵官僚,実業家。加賀藩(石川県)藩士早川恕忠の長男。帝大法科大学,同大学院で学んだのち,松方正義の知遇をえて大蔵省に入省,参事官,書記官,大臣秘書官,貨幣制度調査会幹事,日本銀行監理官などを歴任,明治29(1896)年日清戦争賠償金の受領と整理公債のロンドン上場,32年4分利付英貨公債のロンドンでの発行などに活躍した。33年7月井上馨の推薦により,三井家同族会理事に就任,翌34年10月には死亡した中上川彦次郎の後任として三井銀行専務理事に就任し,同行の預金準備を充実させ,同行を日本銀行借入金への依存から脱却させた。さらに預金に対する消極方針と外国・証券業務の拡充をめざす「フィナンシャー」化路線を推進した。42年三井銀行が株式会社に改組されると筆頭常務取締役に就任,引き続き同行を主宰した。43年の4分利国債引受に当たっては,政府,日本銀行との協議に加わるなど重要な役割を演じた。大正3(1914)年8月三井合名会社参事となり,7年1月三井合名会社副理事長に就任するとともに,三井銀行常務を退任した。9年6月副理事長を辞任,貴族院議員に勅選されたが,10年5月南満州鉄道株式会社社長に就任した。<参考文献>三井文庫編『三井事業史』
(粕谷誠)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報