早浦村(読み)はやうらむら

日本歴史地名大系 「早浦村」の解説

早浦村
はやうらむら

[現在地名]牛深市二浦ふたうら

早浦に注ぐ早浦川と観音かんのん(二九七メートル)の西を北流する高取たかとり川に沿って開ける村。南は久玉くたま村に接する。平地の大半は近世以降の干拓地。慶長国絵図に「早野浦」とみえ、正保郷帳に高八一石七斗余とある。万治二年(一六五九)石高半減により八五石九斗となった(天草風土考)。久玉組に属し、庄屋は小見山家。元禄一四年(一七〇一)の肥後国絵図変地帳(県立図書館蔵)に古郷帳(正保郷帳)の早ノ浦村を早浦村に直すとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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