早瀬河岸・早瀬渡(読み)はやせがし・はやせのわたし

日本歴史地名大系 「早瀬河岸・早瀬渡」の解説

早瀬河岸・早瀬渡
はやせがし・はやせのわたし

早瀬村にあった荒川の河岸。対岸の上赤塚(かみあかつか)村(現東京都板橋区)との間を結ぶ渡船場と併用されていた。この渡船場は「農業通路之渡船」として早瀬村が管理し、上赤塚村・下赤塚村(現同上)にあった早瀬村の耕作地に通う農民の作場渡船として利用され、往来の人々からは一人六文・馬一匹一二文を相対で徴収した。船は馬船一艘・歩行用小船一艘の計二艘があった(文久元年「渡船御尋につき覚」栗原家文書など)。大通行や日光御用の時は荒川下流の戸田渡や川口渡に加船として馬船と船頭一人・人足二人を出している(嘉永六年「中山道御勤役等につき覚」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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